2017-11

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右から来たものを左へ受け流すの歌

右から 右から何かが来てる
僕はそれを左に受け流す

いきなりやって来た 右からやって来た

不意にやって来た 右からやって来た
僕はそれを左へ受け流す

タレント・勝山慎司がムーディ勝山としてその名を知らしめた『右から来たものを左へ受け流すの歌』の歌詞の一部である。

「意味がわからない」と忌み嫌う人も少なくないが、この歌は本当に無意味なのであろうか。
「何か」とは何か。

それは「時間」である。
ここでいう「右」とは、「未来」のことであり、それを左、つまり過去へ受け流すということだ。

横書きの文化など歴史的な経緯により、時間は左から右へと推移するイメージが一般的となっているが、「僕」はまさにそのイメージの中にいるのである。

そして、前へ進むとき前の風景が後ろへ過ぎ去っていくように、未来が過去へと移りゆくさまを感じ、それを知りながらも「僕」はただただ受け流すのである。

歌はこう続く。

右から左へ受け流す
左から右へは受け流さない

右から 右から そう 右から来たものを
僕は左へ受け流す

もしも あなたにも
右からいきなりやってくることがあれば――
この歌を思い出して そして左に受け流してほしい

時間の移り変わりを甘んじて受け流しながらも、過ぎ去った時間を受け流すことはないのだ、と。
そしてあなたも不意に時間の移り変わりを感じたとしたら、甘んじて受け流すのだ。

この東京砂漠で


……と勝山氏が思っていたとは到底考えられないが、抽象的な詩であるからこそ、このように自由な個人的解釈が可能なのである。
どんな詩であれ、言葉の裏や背景を探れば個人的な解釈が生まれるだろう。
しかし、皆はふだん耳から流れ入る歌の歌詞をそこまで噛み砕いているだろうか?
このように、たまには自分の想像を膨らませて、日々流れてくる歌を受け流さずに聴くのもよいのではないか。
(かくいう筆者は左脳で音楽を聴くのがもの凄く苦手なのだが…)

※実際、勝山氏が思い浮かべているものはポップコーンであると本人が述べている
また、『「みなさんも悲しみや不安を受け流して欲しい」という解釈がある』とのことである[文献]が、「右」を「身分が上」という解釈をすると、「なぜ左からは受け流さないんだ?」という新たな疑問が生まれる…。
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